【試し読み】第1章 戦闘機乗りが見る世界

1 超音速飛行 Super Sonic Flight

航空機による音速(気温25℃で秒速約346メートル)への挑戦は、第二次世界大戦後まもなく始まりました。数多くのテストパイロットが音の壁に敗れるなかで、最初にマッハ1.06を出して勝利したのが、アメリカ空軍のチャック・イエガーです。1947年10月14日のことでした。

それから60年以上。今では戦闘機乗りなら誰でも、スロットルを前に進めるだけで簡単に音の壁を破ることができます。
超音速飛行は、操縦としては特別困難なものではありません。もちろん航空法上は特殊な飛行とされていますが、パイロットにとっては、通常巡航とそれほど変わりません。

“まず、高度3万6,000~4万フィート程度でレベルオフ(機体を水平に)します。そこから音速への加速方法は各種ありますが、最も簡単なのは、そのままアフターバーナーを全開にして真っ直ぐ飛ぶことです。効率的に飛びたいときや、戦闘を控えているなら、機体の特性から導き出される最適な加速パターンに沿って加速します。

いずれにしろ、残燃料量には十分注意が必要です。なにしろ加速すればするほど多くの燃料が流れます。
F-15に2基搭載されたF100‐PW220/200Eエンジンは、片側の1基だけでも、マッハ2付近だと1時間に3万5,000~4万ポンドの燃料を消費します。両エンジンなら1時間に7~8万ポンドですから、想像を絶する流量です。比重を1としても、ドラム缶1本をたった20秒で燃やす計算になります。

加速中はぐんぐん増えるF/F(フューエル・フロー:エンジンへ流れる燃料量)と、どんどん減る総燃料量が気になります。

初飛行から30年以上経ったが、レーダーなどがアップデートされて主力戦闘機として君臨しているF-15J(Photo:JASDF)。全長19.4m/全幅13.1m/全高5.6m/翼面積56.5㎡/エンジンF100-PW(IHI)-220E ターボファン×2/推力6,620㎏(アフターバーナー使用時:1万800㎏)/空虚重量1万2,973㎏/最大離陸重量3万845㎏/乗員1名(F-15D)、2名(F-15DJ)/最大速度マッハ約2.5/航続距離約4,600㎞/実用上昇限度1万9,000m/運用開始1981年12月/生産数213機/ユニットコスト推定86〜102億万円

音速の壁を超えるまでの過程

ではここで、水平加速の手順をご紹介しましょう。

所望の高度でレベルオフして、スロットルをアフターバーナーレンジに進めます。できればマッハ0.9ぐらいから加速を始めるのが効率的なようです。

マッハ0.95頃から飛行機の特性に変化が見られ始めます。つまり、操縦の要領がちょっと変わるということです。

例えば、F-4ならば縦の静安定(縦方向で姿勢が崩れたときに、元に戻ろうとする安定性)の逆転、F-15なら左ロール、F-2ならば軽い上下振動などいろいろな傾向が出てきます(縦の静安定は第6章【4 失速】内の「◆失速とはどんな状態か」の図を参照)。

その原因はさまざまですが、多くは亜音速と超音速とをつなぐ遷音速特有の現象で、機体の空力中心が移動したことや、部分的な衝撃波の発生などが考えられます。しかし遷音速の領域は狭く、加速中のそうした現象はわずかな時間で消滅してしまいますので、これらに気が付くパイロットはごく少数なのが現状です。”

ちなみにざっくりと説明すると、遷音速とは、機体表面の空気の流れが音速に達している部分と達していない部分とが混在する速度域で、およそマッハ0.8~1.2の範囲の速度です。それ以下の速度域を亜音速、それ以上を超音速といいます。

マッハ0.98付近から顕著な現象が現れます。高度計など、外気圧を使用する静圧(静止しているときにかかる圧力)系統の計器の異常指示(表示)です。具体的には、昇降計の小刻みな振れや、高度計の不自然な指示、速度計の表示の遅れ、ヘッドアップディスプレイ(HUD)の表示の乱れなどが顕著です。この現象でパイロットは自分が音の壁に近づいていることを知るのです。”

F-16の維持旋回の包括線に比エネルギー線を加えた図。高度6万フィートのD地点まで上昇したい場合、高度1万フィートでマッハ0.6に達したら、いったん下方へ降下。マッハ0.9まで加速し、そこから一気に急上昇するのが最も効率がよいことを示している。高度4万5,000フィートにマッハ1.7で到達したい場合は、6万フィートの途中の3万フィートの地点で再度降下してマッハ1.2まで加速し、そこから上昇していけば効率がよいことが分かる

 

したがって、この速度付近では、自分の速度・高度・昇降率などの正確な値は分かりません。機体に搭載された慣性基準装置(IRS)・GPS・ドップラーなどの航法装置を使えば、地球に対する自機の絶対位置と運動が分かりますので、その変化を計測することで、それらの値も算出できます。

ただし、そうして出した値はあくまで物理学的な値です。パイロットが実際の操縦に必要とするプレッシャーアルト(気圧高度)やIAS(指示対気速度)ではありません。これらを算出するには、外気温や空気密度などのデータが必要になりますが、遷音速で飛ぶ飛行機からの観測は、かなり手間のかかることとなります。

機体が音速を超えても、多くの機体の計器はすぐには音速を示しません。理由の多くは、各種センサーが取り付けられた全圧(動圧と静圧の合計)口と静圧口の位置が離れていることです。これにより、音の壁がこれらのセンサーを完全に通過するまで、不安定な表示が継続します。また静圧系統の遅れも考えられます。

ともあれ、マッハ1.05付近で、突然、高度計が2,000フィートほどジャンプして安定します。同時に、速度計も音速以上で安定します。このときのコックピット内の変化としては、外音が突然静かになります。ただし、機体を通じて感じられる心地よいエンジンの振動はそのままです。”

機体も極めて安定します。特に操縦上顕著なのは縦の静安定、つまり垂直方向の安定性が強化されることです。ただ、現代の戦闘機はコンピュータ制御が進んでおり、こうした操縦上の微細な変化を、極力パイロットに感じさせないようにつくられています。

『戦闘機パイロットの世界』(渡邉吉之・著)

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